ジョージ・F・ケナン『アメリカ外交50年』【KCS Book Review】 No. 3

ジョージ・F・ケナン『アメリカ外交50年』【KCS Book Review】 No. 3

ジョージ・F・ケナン著、近藤晋一・飯田藤次・有賀貞訳
アメリカ外交50年』(岩波書店、1986年)

リサーチ・アシスタント 小林稜汰

1.はじめに

 1947年のトルーマン・ドクトリン発表は、米ソ冷戦の幕開けとアメリカの外交政策の大きな転換を象徴するものであった。トルーマン大統領はソ連の勢力拡大を念頭に、ギリシャやトルコへの経済・軍事援助を通じてアメリカが「自由な諸国民(free peoples)」を支援する方針を表明した。これ以降アメリカは従来の外交政策の伝統から転換し、共産主義の拡大を防ぐために世界各地へ積極的に関与する「封じ込め政策」に基づいて、冷戦を戦うこととなる。この「封じ込め政策」という言葉を提唱し、その基盤となる知的論理を築いた人物こそ、本書の著者ジョージ・F・ケナンである。ケナンは本書を通じて、アメリカが採るべき対ソ戦略とその前提となるアメリカ外交の根本的問題を、歴史的教訓に基づいた視点から論じる。現在、第二次世界大戦後に形成されたアメリカの対外関与のあり方は、中国の台頭をはじめとする国際情勢と国内における分断の両面から問い直されている。歴史的分析とアメリカ外交に内在する問題への洞察をもとに、米ソ冷戦初期におけるアメリカの戦略転換に影響を与えた本書は、現代的な意義も有する。
 1986年に刊行された本書は、1951年の初版に収録された第一部と第二部に加えて、1985年に原著が出版された増補版にて追加された第三部を含む三部構成となっている。第一部は1950年にシカゴ大学で行われた講演、第二部はこの講演前後にForeign Affairs誌にて発表した二つの論文、第三部は第一部の講演を1984年に振り返ったグリンネル大学での講演が収録されている。これらに通底するのは歴史的背景に基づく鋭い分析である。
 もっとも、ケナンは学術的な訓練を受けた歴史家ではなく、米国務省においてソ連を専門とする外交官としての教育と経験を積んでいる。それゆえ本書の第一部及び第二部の分析は、第二次世界大戦後のアメリカの外交政策立案プロセスの最中で行われている。この歴史分析と政策立案の問題意識が結びついた一貫した外交観こそが、アメリカの外交安全保障政策の転換点でケナンが重要な役割を果たした要因であり、また本書がアメリカ外交の古典であり続けている理由であろう。

2.外交官ケナンと「封じ込め政策」

 本書の内容に入る前に、ケナンが外交官としてアメリカの冷戦戦略に与えた影響とその背景を、「封じ込め政策」に着目して紹介する。ケナンは、1926年の米国務省入省以降、リガやベルリンでソ連に関する教育を受け、ソ連専門の外交官としての経験を重ねていた。また、1946年には、戦後創設されたナショナル・ウォー・カレッジ(National War College)にソ連専門家として招かれ、軍や国務省関係者に対して大戦略に関する講義を行っている。そんなケナンが、同時代的に注目を集め、今なお多くの研究の対象となった契機は、1947年7月に発表した「X論文」である。当初アメリカは、ソ連に対して第二次世界大戦中の友好関係を維持する希望を抱いていたが、やがて東地中海などにおける勢力拡大に懸念を強めるようになった。代理大使としてモスクワに駐在していたケナンは、1946年に楽観的な米政府への不満から、ソ連の対外行動の根底にある力の論理に基づく対ソ政策を主張する「長文電報」を国務省に送信する。この電報は、対ソ懸念を強めていた米政府高官に広く受容され、ケナンは1947年5月に国務省に新設された政策企画室長(Director of the Policy Planning Staff)に任命される。そして、同室長在任中に第二部第一章の「ソヴェトの行動の源泉」を匿名のXとして発表する。ここで提唱された「封じ込め政策」は、ソ連の膨張を軍事的手段も用いて世界各地で阻止することと理解され、アメリカの冷戦戦略を象徴するものとなった。
 しかし、アメリカ政府の政策は必ずしも、ケナンが意図した政策と完全に合致していたわけではなかった。そこで以下では、ケナンが望んでいた対ソ政策の性質と、その根幹にあったアメリカ外交の根本的な問題を、本書の内容に即して概観する。

3.第一部:アメリカ外交50年(1900年―1950年)

 第一部は、書名の通り、1900年から1950年の50年間のアメリカ外交を分析した講演が収録されている。ここでは、歴史的事象の分析に加え、当時アメリカ外交が直面していた問題と採るべき対応の批判的検討が行われている。結論部でケナンが過去のアメリカの外交政策上最大の過誤だと看破したのは、アメリカ外交を規定してきた法律家的・道徳家的アプローチと呼ばれるものであった。
 まず、第一章から第三章では、1898年の米西戦争をアメリカ外交政策の転換の序説として取り上げ、その後は中国における門戸開放や東アジア政策の分析が行われる。ここでケナンは、理想的な原則を主張する外交と国民による受容というアメリカ外交の悪しき慣行が形成されたとする。この要因の一つは、道徳的主張から他国が受ける具体的な不利益の考慮と責任を負うことの忌避であった。
 続く第四章と第五章では、二度の世界大戦を事例に、アメリカの戦時における問題点を指摘する。第一次世界大戦においても、アメリカは国家安全保障が欧州の勢力均衡とそれを維持するイギリスとの関係に規定されていたという具体的な利害関係を軽視したと批判する。さらに重要な点は、ひとたび参戦すると、理想的・原則的な目標を達成するまで戦い続けるという民主主義の性質であった。第二次世界大戦でも、アメリカ国民は参戦後に態度を転換させ、利害計算よりも、自らを戦争に巻き込んだ国家への懲罰として戦い続けた。ここにおける最大の過誤はアメリカ社会全体の態度と戦争の本質への理解の欠如である。根本的な問題は、民主主義の目的達成に力の行使それ自体は寄与しない点にあり、ケナンは平時の力の行使に対する道徳的排斥と戦時の過剰な戦争推進の双方を批判する。
 以上の分析を経て、第六章では、アメリカ外交の犯した本質的失敗は法律家的・道徳家的アプローチにあるという結論が示される。ケナンはこれを「ある体系的な法律的規則および制約を受諾することによって、国際社会における各国政府の無秩序かつ危険な野心を抑制することが可能となるという信念」と説明する(145頁)。これは、国家間の利害対立を個別具体的な方法ではなく、司法的な形式的基準によって解決することを意味する。ケナンにとって、最大の欠陥は法律家的観念と道徳家的観念の不可避的な結びつきであった。つまり外交に善悪の観念が持ち込まれた結果生じる道徳的優越感は、全面勝利を目指す、長く破壊的な戦争につながるのである。ケナンは、国外の事象に対する冷静な判断とその理解には限界があると考える謙譲さを解決策と提示し、本講演を締めくくっている。
 ここでケナンは理想主義が全面戦争に結び付く危険性と他国をより慎重に観察し理解する必要性を説いているという点で現実的であるといえる。同時に注目すべき点は、軍事力による解決への懐疑である。これらは、ケナンの対ソ政策に通ずる視座だが、特に後者は後の冷戦戦略との乖離を生むことになる。

4.第二部:ケナンの「封じ込め政策」

 第二部では、『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載された二つの論文が収録されており、それぞれ1947年と51年に米ソ関係を論じたものである。これらは、第一部の問題意識を米ソ関係に適用したものであり、ソ連という国家の持つ性質を歴史的に分析するとともに、アメリカ外交の問題点を踏まえた政策提言を行っている。
 第一章として収録されている「ソヴェトの行動の源泉」は、ソ連外交を規定する権力構造の歴史的分析を行う。ケナンは、資本主義への最終的な勝利を約束する社会主義イデオロギー及びロシア革命前後などの歴史的経験が、対抗勢力への猜疑心と独裁体制を生んだとする。それゆえ外国に対する敵対政策は国内における独裁体制の維持の必要性に基づいており、必ずしも実際の対外的脅威だけによるものではないと指摘する。結果的に、ソ連の専制体制は政策変更を容易とし、強固な敵対意識に基づくも、力の論理に柔軟に対応する辛抱強い外交を行うのである。このソ連の膨張傾向に対抗し得るものとしてケナンが提唱したものこそが、同様に確固たる長期的目的に基づく「封じ込め」である。重要な点は、これが対ソ政策の一部に過ぎない点にある。ケナンは、ソ連の権力は彼らが信じるほど強固ではないとの見解から、ソ連内部に影響を与える政策をアメリカは行うべきだとする。
 第二章の「アメリカとロシアの将来」では、第一部で示された過度な理想を求めるアメリカの傾向を避ける政策が詳述される。アメリカの目標は、自国と同じ型を持ったロシアの形成ではなく、対話可能で、他民族の自決権を一定程度尊重する、冷戦対立にない非全体主義国家であるとする。ここでケナンは、ロシア国民による自発的変化を期待する。また、直接的な働きかけは誤解を招き得るという歴史的教訓から、代替となる文明を体現して示すことこそが最大の影響力になるとケナンは考える。つまり、アメリカ国民自身が物質面のみならず精神的な卓越性を獲得し、維持し続けることが、最も有効な対ソ政策となるのである。ケナンにとっては、ソ連の軍事的な拡張を防止する「封じ込め政策」を前提としつつ、アメリカ文明そのものを希望として示すことでソ連の変革を招くという間接的な啓蒙のような政策こそが対ソ政策の核心となるべきものだった。

5.第三部:冷戦期以降の新たな課題

 本書を締めくくる第三部は1984年にグリンネル大学で行われた講演録であり、第二部以降の冷戦の展開が、アジアに着目して論じられる。ここで示される冷戦期以降新たに生じたアメリカ外交の課題は、軍事的要素との向き合い方であった。
 第一章でケナンは、アメリカの朝鮮戦争とベトナム戦争への介入を誤りであるとし、その一因を、問題の根源を外国の邪悪な権力中枢に求めるアメリカ国民の伝統的傾向に見出す。他方で、冷戦期に新たに生じた根本的問題として、ケナンはマッカーシズムを強く批判する。この反共ヒステリーは、アメリカの外交政策が世界各地の出来事の決定要因であるという誤った認識を生じさせ、議会や世論の圧力とともに、冷静な専門家による外交ではない「人気取りの外交」を招いたとされる。
 第二章では、この二つの戦争への介入は、アメリカが冷戦以前よりも深刻な二つの過ちを犯したことを示すと指摘する。一つ目はソ連の意図を実際よりも攻撃的なものとみなしたことであり、二つ目は核兵器を軍事政策の主柱としたことである。ケナンにとって戦争は最小限の破壊で政治目標を達成するものであり、全世界を破滅させ得る核兵器の重視は受け入れがたいものであった。また、二つの過ちは、冷戦期を特徴づける社会全体の極度の軍事化という問題を生じさせた。国内では軍産複合体などの不適切な慣行を招き、外交政策においても適切な脅威認識を困難にするという悪影響を及ぼしたのである。
 最後にケナンは、アメリカの失敗は政治的要因を軽視した過大な軍事的対応にあると結論付ける。これはアメリカ社会における軍事との向き合い方の伝統の欠如と例外的に破壊的な二度の大戦の経験によるものであり、政治制度がこの傾向をさらに強めた。国内世論を重視する政治家や愛国心を利用するロビイストといったアメリカ政治の根本的特徴は、指導国としての外交には適さないものであった。ケナンの対処法は、急激な変化ではなく、アメリカ自身の政治体制の限界を認識し、現実的な抑制を行うことである。同時に、アメリカ固有の政治体制は強みでもあり、アメリカ自身が模範となる実例を示すことが重要であると繰り返し主張する。ケナンは改めて、軍事力ではない影響力の必要性を説いて本書を締めくくっている。

6.本書の現代的意義

 最後に、本書が現代においても持ち続ける意義を、アメリカ外交の本質的な問題点という点から考えたい。ケナンの対ソ政策の中核は、ソ連の「封じ込め」とアメリカ文明の提示による間接的変質の二つであった。しかし、実際には、後者の要素は軽視され、「封じ込め政策」は軍事的な性質を強めていった。加えてケナンが当時の米政府内で有していた影響力の大きさは議論が残る点である。例えば、鈴木健人はX論文について、ソ連外交において歴史的経緯よりもイデオロギーの役割を重視している点はケナンの著作の中で例外的であるとして、当時政府内でケナンを積極的に支持していた反共主義的なフォレスタル海軍長官に宛てて書かれたという執筆経緯にその原因があると指摘する[1]。つまり、ケナンの政府内での主張には、政治的影響力という限界があったのである。これらの点から、本書をアメリカの冷戦戦略全体の実像を示すものと理解するのは不適切であろう。
 それでは本書の意義はどこにあるのだろうか。一つにはケナン特有の歴史に基づく視野の広い分析がある。力の論理に基づき粘り強い政策を行うというソ連の分析は「封じ込め政策」の知的基盤となり、確かにアメリカの政策決定に影響を与えた。また、ジョン・ルイス・ギャディスは、ケナンがいなくともいずれアメリカは対ソ強硬姿勢を採っただろうという留保を付したうえで、ナショナル・ウォー・カレッジでの経験を重視して、アメリカの対ソ政策転換を大戦略というフレームワークに位置づけたことが重要だと強調する[2]。アメリカがソ連との対抗姿勢を強め、「封じ込め」という長期的な冷戦戦略を形成する過程の理解に資するという点で、本書は冷戦史的意義を持つ。
 より現代的に重要な意義は、アメリカ外交に内在的な問題を指摘している点だろう。佐々木卓也は特に本書の第一部を、ケナンがアメリカの「民主主義への懐疑、世論への低い評価、政治家に対する不信」を示したものであると評している[3]。また、ジョン・ルカーチは、ケナンの批判対象は民主的ポピュリズムではなく、外交政策の決定者たちの抽象的な非現実性であると考察している[4]。いずれにしても、冷戦後のロシアに対するアメリカ型の経済政策やポスト冷戦期の戦争を伴う民主主義の推進は、ケナンが批判した理想主義と軍事力への偏重が今もなお残存し続けていることを示唆している。歴史的経験や政治制度から、長期間持続するアメリカ外交の本質的な問題を論じた本書の意義は非常に大きい。
 現在、国内外の変動によりアメリカの外交政策は大きな転換点にある。米中対立の激化に伴い、対中封じ込めという言説すら見られるなかで、米ソ冷戦の始点に立ち返ることは非常に重要である。もちろん本書が示すように、対象国の具体的分析が重要であり、米ソ冷戦の教訓を安易に適用すべきではない。それでも、アメリカに固有の内在的課題、そして外国だけでなく自国の分析を行うべきという視座を与える本書は、今後も重要であり続けるだろう。

脚注

  1. 鈴木健人『「封じ込め」構想と米国世界戦略:ジョージ・F・ケナンの思想と行動1931年―1952年』溪水社、2002年、39頁。本文に戻る
  2. John Lewis Gaddis, George F. Kennan: An American life, Penguin Press, 2011, 694頁。本文に戻る
  3. 佐々木卓也「ジョージ・F・ケナン『アメリカ外交50年』と封じ込め政策の展開」中央大学法学会『法学新報』123巻7号、2017年1月、279―303頁。本文に戻る
  4. ケナンは中西部のウィスコンシン州出身であったが、ケナンが国務省に入省した当時は東海岸出身のエリートたちが支配的であった。ジョン・ルカーチ『評伝ジョージ・ケナン: 対ソ「封じ込め」の提唱者(原題:George Kennan: A Study of Character)』菅英輝訳、法政大学出版局、2011年、177頁。本文に戻る


以上